妊娠4ヶ月で後期流産(死産)に。赤ちゃんと自分はどうなるの?②【4日間の入院と分娩編】

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こまち主婦

こんにちは!こまちです。

こちらの記事では初めての妊娠が後期流産になった経験をまとめました。

今回は入院と赤ちゃんを分娩するまでの記録です。

当時の私は入院日まで色んな方のブログを見て、今後自分がどうなるのか、状況や心の整理をしていました。

同じような状況で悩む方や、辛い思いをしている方の身近な方に何か参考になれば幸いです。

ご注意事項
このブログに書いてあることがすべて正しいわけでもなく、身体にまつわることは個人差が大きいです。

治療や体調、感じたことについてもあくまでも私が備忘録として書いている一個人の経験談であり、参考程度に受けとめていただけると幸いです。

目次

入院1日目、分娩のためラミナリアで子宮の入り口を広げる

妊婦検診で赤ちゃんの心拍停止を告げられた妊娠4ヶ月、週数で数えると15週の頃に入院。

入院当日は朝から子宮頸管を広げる処置をして、その日はそのまま安静に。(子宮頸管は子宮の下の方にある入り口。)

子宮頸管を広げる処置は、「ラミナリア」を入れました。本数は数えていないけど、何本か入れる。

ラミナリアについては、医師監修の下記の引用元URLが参考になります。

ラミナリアとは?

ラミナリアは子宮頸管を広げる処置(子宮頸管拡張術)の際に使用する5cm前後の長さの硬い棒状の素材です。原料は天然の昆布の茎根部で、サイズによって長さや太さが異なります。ラミナリアを子宮頸管の中に挿入すると、体内の水分を吸収して12時間ほどで2~3倍の太さに膨らみ、子宮頸管を広げます。

子宮頸管を広げる処置には、金属性の拡張器を用いて速く広げる方法とラミナリアなどを用いてゆっくりと広げる方法があります。ゆっくりと広げる方法では、ここ最近ラミナリアより短い時間で子宮頚管を広げることができるダイラパンやラミセルというものが用いられるようになってきています。

https://baby-calendar.jp/knowledge/birth/970

ラミナリアを入れるとき、一瞬とんでもない痛み。

それを過ぎると重い鈍痛が続きました。

とりあえず歩けるけど、とにかくベッドで安静にとのことでその日はゆっくり休みました。

お風呂は入れず。

普通の産婦人科でしたが、たまたま個室が空いていました。トイレとベッド2つとテレビがあった。

鈍痛は続いていたけれど慣れてきて、21時には消灯になり寝ました。

付き添いをしてくれた夫とのエピソード。(興味ある方だけ押してご覧ください)

コロナ前だったので夫も付き添い可能でした。
個室内には2つベッドがあったため、それぞれのベッドで一緒に就寝。1日目だけ一緒に過ごしていいとのことで。
これは病院の配慮だったと思います。
夫も一緒に寝られると思っていなかったので、夕方に自宅に戻ってお風呂に入ってきた後、ふたたび病院に。

私はお風呂はNGだったので、私が届かない背中とかを夫に体拭きシートで拭いてもらいました。

私は全身脱毛しているのですが、妊娠してから毛が生えてきて。(なんの話)
心拍停止がわかった日からは落ち込んでて毛の処理なども全然しておらず。
この日は毛がボーボーの姿の私を夫が優しく体を拭いてくれて、夫のありがたさで涙が出ました。
自分の一番情けなく恥ずかしい姿を見ても、優しく支えようとしてくれる人がいるんだと、愛情を感じたのを覚えています。
予備のナプキンやONE PIECEの最新巻を買ってきてくれたり、その時のありがたさは一生忘れないと思います。

入院2日目。さらにラミナリアを追加し、陣痛を起こして出産へ

この日も朝からラミナリアを追加。

そして朝8時から陣痛促進剤を1-2時間おきくらいにどんどん投入されました。

とにかく、陣痛促進剤の入れる方法も、入った後もめっちゃ痛かった。

医師が手で直接陣痛促進剤を入れてくるんだけど、めっちゃ痛くて。(他の病院もこの入れ方なのか?医師によって違う?)

朝からトータル3回くらい入れて。

陣痛が続いて、お腹が張っているというか重い感じでずっと痛かったです。

昼頃に医師がきて「今日難しいなら明日かもなあ。。」と言っていた時には、

まだこの痛み続くの?!早く産みたい…!と、とにかくまた陣痛促進剤を入れられるのがとにかく恐怖でした。

昼食は痛みで食べられず、夫に提供。(この日も付き添いしてくれていてずっと手を握ってくれていた)

そして15時頃に急にボフッと音が鳴り、股のあたりがじんわりして、破水!

ナースコールして、看護師さんと助産師さんに分娩台行きましょうと言われて移動。

赤ちゃんを産むまでの詳細(生々しいので押さないと詳細は見れない状態にしています)

分娩の前にトイレ行きたい…トイレの大をしたい…!と思ってトイレ行ったら、見た事がないものが股から出ようとしていて。

トイレしたい感覚は、トイレじゃなかったのか!と妙に納得して看護師さん呼んで急いで分娩台の手術室へ。

そこで助産師さんに引っ張られてスルッと赤ちゃんが出てきました。

産めた!と思って「赤ちゃんですか?」と聞くと、助産師さんから「まだこの部分が赤ちゃんかわからないのよね」と言われる。(結局赤ちゃんだった)

産んで赤ちゃんに会えることだけを心の支えにしてその日まで過ごしていたので、医師が来るまで寂しくひんやりとした分娩台の上にいる時間が本当に悲しい気持ちになりました。

もう一緒じゃないんだと思うと涙が。
そして医師が来て、胎盤が残っているとのことで麻酔なしで胎盤を掻き出しました。

子宮収縮の注射を打ちながら。

これが痛みで気を失いそうで、叫んだし、とにかく人生で一番痛かったです。

なんで麻酔しないんだろう、やばい病院なのか?と思って後日調べたけど、麻酔なしで同じような経験をされている体験談を見つけて、分娩はそういうものなのかと思いました。
無痛とかできるのかな?

私の病院は無痛の選択肢の話が一切なかったけれど、安心して無痛ができる病院なら無痛がいいなと心底思います。

分娩後は、痛みがひどく、お腹が裂けてる?というくらいヒリヒリで、車椅子で自分の部屋まで連れて行ってもらいました。

夫と再会し、少しほっとしました。
その後、ふたたびトイレに行きたくなり助産師さんの付き添いの元、行う。

とにかくお腹とお腹周辺が痛くて。
下半身ボロボロで動けないので、看護師さんにオムツみたいなナプキン(産褥ナプキン)を履かせてもらうのを数時間繰り返していました。

この日はもう付き添いは通常どおり夜までで。夫と同じ部屋での就寝はできず。

私が無事分娩し、経過も問題なさそうなのを見て(ボロボロだけど)、夫は仕事へ行きました。

私は一人で夜ご飯を部屋で食べて、この日もお風呂はNG。痛くて動けないし、トイレ以外はずっとベッドに。

夫もいないため一人の時間は寂しかったです。

そして、痛みと悲しさで全然寝られなかった。

病院のベッドが固すぎて、腰も痛くて。後から来る後陣痛もひどくてお腹周りはボロボロでした。

そして何より、赤ちゃんの事が気になっていました。

分娩した後、赤ちゃんに一切会えておらず。

今赤ちゃんはどこにいるの?いつ会えるの?それだけが頭に浮かび、早く会いたいな、心臓止まって亡くなっていても退院までちゃんと大事にされていて欲しいなと願っていました。

入院3日目。この日はただただ安静にしていただけだった

入院3日目は、ただただ安静にしていただけの日でした。

部屋まで医師が回診してくれますが、お腹の張りを見るくらいで特別なことは何もなかったです。

3食病院から提供されるものを食べて、消灯の時間に寝ました。漫画やテレビを見た気がします。

赤ちゃんには会えず。

入院4日目。エコーをして子宮が問題ないかを確認し、退院へ

入院4日目。

この日は朝に診察室まで移動してエコー。

特に問題はないとのことでしたが、今までエコーをすると赤ちゃんの姿があったのに、もう何も見えない。

赤ちゃんがいなくなった自分の子宮のエコー画像を見てまた喪失感がやってきました。

そして、分娩した赤ちゃんはどこにいるの?

分娩した日からずっとその気持ち。病院内のどこにいるんだろう?

看護師さんからは、赤ちゃんは退院の日に棺に入れてお渡しすると説明されていました。

医師の最後の診察では、子宮の状態を確認して問題なさそうなので退院していいけれど、1ヶ月後検診を行うと説明がありました。

そして、子宮の戻りが良くなるように子宮収縮剤と、母乳が出ると思うから母乳を止める薬を処方されました。

診察が終わるとシャワーを浴びていいと許可をもらったので、シャワー室まで行き、4日ぶりのシャワー!

その日まで体は汗拭きシートや水を含んだタオルで拭いていたけれど、髪の毛は洗うすべがなくペッタペタだったのでシャワーが本当に気持ちよかったです。

シャワーの後は、部屋を片付けて荷物をまとめてロビーに向かうと夫が待っていてくれました。

そして、退院する際にやっと看護師さんから棺をいただき、その中に赤ちゃんがいました。

病院のロビーで渡されたため、棺を開けて赤ちゃんの姿を見るのは帰宅してからでした。

退院する際は、夫が運転する車で帰ったのですが、車を走らせてから一度病院の方を振り返ると棺を渡してくれた看護師さんがずっとお辞儀をしてくれていました。

私が心拍停止を告げられた時に寄り添ってくださった看護師さんで、退院時も涙目で見送ってくれて。

言葉はなくても、あぁ、私の気持ちに寄り添ってくれているんだなと思い、この方のことは今でも忘れていません。

病院ではよくも悪くもいろんな言葉をかけられ傷つくこともあり、この看護師さんの優しさだけが救いでした。

夫とともにお世話になったお礼を伝え、車へ。

私は助手席で赤ちゃんの棺を抱え、いろんな感情とともに、その子を抱っこしている気持ちで久しぶりの自宅に帰りました。





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